
中庸という言葉に、
最近あらためて惹かれています。
強さと優しさのあいだ、
入力と脱力のあいだ、
判断と委ねるあいだ。
中庸って真ん中のことではなくて、
どちらへ振れても戻ってこれること
揺れても、バランスを崩しても、
戻る道筋が身体に染み込んでいること
それが中庸という
深い安定なのかもしれませんね。
良い姿勢とは
ピタッと真っ直ぐな形
のことではないのかもしれません。
むしろ、動いても動いても
真ん中に戻れる関節
こわばっても
息を吸えば広がり、
縮んでも伸びる体。
固定ではなく、
自由に形を変えられる
弾力とか余裕とかいうのかな。
そういう身体だと思うんですよね。
中庸ってある種真ん中に戻れる体、
つまりバランス感覚に優れた体、
とも言えるかもしれませんね。
身体はどちらにも
自由に動ける状態にある時、
もっとも自然で
美しい動きをするんじゃないでしょうか。
その状態がつまり 身体における中庸
つまり、バランス感覚だと思うんですよね。
これはきっと心も同じだと
思うんです。
人は誰でも揺れます。
怒る日も、落ち込む日も、不安が膨らむ
日もありますよね。
その気持ちになることが
悪いのではなく、
きっと大切なのは、
揺れた自分に気づき、戻れること。
優しさが過剰になった時は、
強さが必要になるかもしれないし、
厳しさが強すぎた時は、
柔らかい視点が救いになるかもしれません。
心って自分だけのもののようで、
外からの影響も受けるから
難しいですよね。
一人だったらコントロール簡単なのに、
社会で生きてる以上
そうもいかないし。
でも偏りながらも、
真ん中への帰り道を
どこかに残しておく
それが心の中庸なんですかね。
面白いことに
バランスは止まって得られるもの
ではない気がするんですよ。
立ち止まって真ん中を探すのではなく、
揺れながら真ん中を思い出していく。
あるいは揺れてることに気づいて
真ん中に戻っていく。
力が入ることに気づくから
抜きのイメージがわく。
重心がずれるから真ん中を知る。
感動したり怒ったり悲しんだり
するから
落ち着きを知る。
心も体も動いた時に止まるを
知る気がします。
結局のところ揺れない、
崩れない体は無いんじゃ
ないですかね。
大事なのは
戻ることだと思うんです。
今日の運動です。
何か悩んだときは
基本に立ち返るように
しています。
基本の上に技術が成り立ってるからです。
人間の基本は
足の接地なのかもしれません。
浮き足立つ
とか
地に足がつく
はもしかしたら
基本に則ってるか
どうか
ということなのかも。

指の間に棒を
挟んでください。
足の骨に沿うように
棒を挟みます。

挟んでる方の足を
後ろに引いて
立ち膝です。
踵にしっかり乗って
指を開きます。
小指薬指間→人差し指親指間→中指人差し指間
→中指薬指間
の順で開くと解れやすいです。
無理すると
逆に痛めるので、
足の指をよく回してください。
〜今日ののたり〜

爪頑張って切ってきました。
ー追伸。
急に寒くなりましたね。
足先冷えると
入眠が難しいので
足先をよく温めて
くださいませ。
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12/1 12/3 12/5
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